狂気の画家船田玉樹



私は若い頃油絵の勉強をしました。
日本画を学ぶという発想はまるでありませんでした。
図工や美術の先生もみな洋画の勉強をした人たちばかりだし、
美術の教科書も洋画が基本になっていました。
日本画は美術の教科書ではなく、歴史の教科書に載っているものでしかなかったのです。

私が日本画をみて感動したのは、学生のとき。
速水御舟の展覧会でした。

しかし、それ以来、日本画で御舟のように感動する日本画には出合っていません。

そもそも、日本画って何なのだろう?
私は浮世絵が好きですが、浮世絵を日本画とはいいません。

ところで、日本画と、西洋画の違いというのは何なのでしょう。
画材の違いだけというなら、多くの美大が洋画コース、日本画コースと分けているのは奇異な感じがします。(近頃はそんな区分けをなくしているところも増えていると思いますが)

日本画というジャンルで好きな絵になかなか出合えないのですが、同時に、私にはどうも理解できないことがあるのです。
あくまで、これは私の主観ですが、商売というか、名誉というか、
本来の絵の素晴らしさとは別のところで評価されているような気がするのです。
何人かの高名な日本画家の展覧会を見てきましたが、若い頃の作品にいいな、と思えるものが数点あるのですが、それ以降の作品は名声に乗っかって描いているようにしか感じられません。。。あくまで、私の主観。

これが、私の日本画に対するイメージでしたが、
このイメージをぶち壊す「絵師」に出会いました。


アキハバラ塾塾長の紹介で、船田奇岑(キシン)さんという方と
知り合いました。
名刺には、「絵師」Artist 「音師」Thereminist とあります。
画家ではなくて「絵師」というところに、何かこだわりを感じます。

自ら絵も描きながら、表装の仕事もされているとのこと。
現在、表装のできる職人さんはどんどん減っているとのこと。

絵の話で盛り上がり、メールで作品の画像を数点見せていただきました。
とてもモダンで、今までの私の日本画に対するイメージとまったく違っていました。
船田奇岑(キシン)さんは現在、画家のお父上が残された多彩な数の作品を、
少しずつ表装しているそうです。

昨日、表装し終わったお父様の作品を虫干も兼ねて学芸員の方たちと鑑賞するので観に来ませんか、と誘われました。

今まで、掛け軸なんてまったく興味がなかったのですが、
表装の美しさにびっくり。
絵と表装が相まってすばらしい作品になっています。

何点目かの掛け軸を開いたとき、おもわず「すごい!」
と、声を上げていました。
夜の枝垂桜を描いたものですが、華やかだけど幻想的です。
次に開いた作品も、ため息が出るほど描き込んだ鬼気迫る怪しい迫力の
作品です。眺めるほどに、心奪われ深い精神世界に迷い込んでしまいそうな絵です。
奇岑さんがポソリと小声でつぶやかれました。
「狂気です」
私は不謹慎にも大笑いをしてしまいました。
狂気だからこそ、素晴らしい作品が生まれるのだと私は思っていますが、
そばにいる人間、家族にとっては迷惑な話でしょう。
父親、玉樹の作品をアーティストとして評価しながらも、息子という立場からすると、複雑な思いもあったのではないでしょうか。

ところで、これだけ素晴らしい作品を残した画家「船田玉樹」ですが、
私はまったく知りませんでした。
日本画にはほとんど興味を持ってこなかったせいです。

でも、プロフィールをみるとちょっと驚きます。
私が唯一感動した日本画家(日本人画家という意味ではありません、念のため)速水御舟の指南を受けているのです。
「原爆の図」で有名な丸木位里とも親交厚く、二人展も開いています。

実力もあり、将来を嘱望されていた船田玉樹が無名のまま生涯を送った理由の一つに戦争がありそうです。

奇岑さんの説明によると、日本画のありようそのものが、戦争によって大きく歪められてしまったそうです。
大正デモクラシー、大正モダンの中で、日本画も実験的な試みや、絵画としての追求をしていましたが、昭和に入り戦争へと突き進む中、日本画は軍国化に利用されていったというのです。
画家自身も召集され、命を落としていった人たちも数多く入るでしょう。
船田玉樹も30歳で召集されますが、1年後に体をこわし、除隊になります。
船田玉樹は多くの作品を生み出しながら、売ることを、とても嫌がったそうです。
その気持ちは私にも何となくわかります。
絵画が投機の対象としてしか扱われない時代です。
船田玉樹ほどの力量があれば高値で売ることも、地位を得ることも可能だったはずです。
でも、もしそれをしていたらそれは絵にはっきりと表れてしまうでしょう。


ほんとに素晴らしい絵を見せていただいて、大満足の時間でした。

最後の絵をしまうとき、恐る恐る奇岑さんにお願いしました。
「写真、撮っていいですか?」
携帯で撮ったので写りはいまいちですが・・・雰囲気だけ。