読書記録

暑い日が続く。冷房の涼を求めて映画館に。古い映画「勝手にしやがれ」が上映されていた。観覧者に若い男性が目だったので、少し驚いた。

映画の後はやはり涼を求めて図書館へ。目的は涼なので読む気はなかったのに、そういう時に限って読みたかった本が目に留まる。

昔、書評で宇沢弘文さんが紹介されていました。それが、私には衝撃的でした。というのも、当時私は環境問題に心を痛めていて環境を破壊する元凶は経済だと考えていたのですが、経済学者である宇沢弘文さんが経済の仕組みを整えることにより、環境や社会問題を解決していく、というようなことが書かれていたからです。ぜひ、読んでみたいと思ったものの、本の価格の高さと忙しさにかまけて読まずじまいでした。

この「宇沢弘文」は、佐々木実さんが著者で、伝記物語形式でありながら、宇沢弘文さんの思想をよく伝えられています。宇沢さんの唱えられた「社会的共通資本」という考え方は、今の原丈人さんの「交易資本主義」につながるのでは、と、私は考えています。難しい言葉より何より、宇沢さんはアメリカが効率を重視する経済の論法でベトナム戦争を行ったことに激怒し、アメリカを去ったということに感激してしまいます。しかし、帰ってきた日本では公害、交通戦争という状態で、経済のあり方を考えさせられてしまいます。そういう悶々とした問の中から「社会的共通資本」という考えがでてきたのでしょう。世界的に新自由主義が行き詰まっているなかで、宇沢弘文さんはもっともっと見直されてほしい人物だと思います。ちなみに、宇沢さんはミルトン.フリードマンと対立していたらしいです。

日航123便事故については、1994年発行の「疑惑」を読んだ時からず~っと気になっていました。なんでこんな大事なことがマスコミで取り上げられないんだろう、と、ずっと一人疑問に思ってきました。ネットが普及してからはネット記事を捜し読みあさってきたので、青山透子さんの著書で驚くということはないのですが、日航や政府への怒りがフツフツと湧いてきます。事故の事実ではなく、遺族に対する非道な事実を次から次へと青山さんはあばいていきます。ボイスレコーダー、フライトレコーダーがきちんと公開されない限り、疑惑は解消されません。

2026年4月12日  ヒロシマ、ABC兵器をめぐって   -原爆被害と毒ガス加害-

 昨年12月に大久野島毒ガス工場跡を巡るフィールドワークがありましたが、今回は「隠されてきたヒロシマ」著者の辰巳知司さん、「陸戦隊と暁部隊」著者の佐田尾信作さん、お二人が講師のシンポジウムが広島平和記念資料館でありました。お二人とも元新聞記者さんで、調査、資料収集は、さすが!特に、毒ガスに関しては国際法違反のため、終戦時に徹底的に廃棄されており、戦後40年を経ての調査は大変だったことでしょう。

兵器として製造された毒ガスですが、製造に関わった人々にも苦しい健康被害が出ました。被爆者手帳と同様、被毒者手帳が交付され治療を受けてきました。被毒者への取材を積み重ね、取材以上の人間的お付き合いをされてきた辰巳さん。今も年に一度は忠海を訪れるそうです。

終戦時に廃棄されたのは資料だけではありません。むしろこちらが大問題です。日本軍は中国全土で毒ガスを使用しましたが、終戦時に未使用の毒ガス弾を遺棄してしまいました。シンポジウム会場の前面スクリーンに、遺棄された場所の地図が写しだされると、あちこちから大きなため息が出ました。中国全土に散らばっています。

中国に大量に残る遺棄弾はショックでしたが、さらにショックを受けたのは茨城県神栖で起きた事です。2002年頃、筑波大の医師が、神栖から来た人々に共通の神経症状が出ている事に気付き、これは水が原因ではないかと考え、調査を依頼したそうです。すると、地下水から環境基準の450倍ものヒ素が検出されたのです。汚染源は何か?このヒ素は「ジフェニールアルシン酸(DAPP)」だとわかりました。DAPPは毒ガス(くしゃみ剤)の原料で、それ以外に使用法はないとのこと。つまり、戦争中に毒ガスを製造していたくしゃみ剤の原料が大久野島から遠く離れた茨城県神栖の地中に埋まっていたということ。しかも一緒に同じ場所に埋まっていたコーヒー缶には1993年6月の刻印が入っていたそうで、と、なると、そこに廃棄されたのは終戦直後ではなく、1993年前後ということになります。・・・まるでミステリー。

シンポジウムの最後に会場からの質問時間が設けられていましたが、お一人の方が怒ったように意見されました。戦争責任を問わないのか!と。講師のお二人があまりにも淡々とお話しされるので、そう感じられたのかもしれません。でも、調査を続けてこられたお二人こそ誰よりも怒りを持っておられると思います。

で、私がとても気になった神栖の件ですが、今日ネットで調べていたら、嫌~な予感がしてきました。どうも国はこの毒ガス原料を産業廃棄物の不法投棄としてうやむやにしようとしているのでは?と、いう気がしてきました。戦争責任回避ですね。

 

コンテンポラリーバレエ

3月20日、コンテンポラリーダンスのリサイタルを観に、西宮まで行ってきました。三原に住んでるとコンテンポラリーなものに接する機会がなく、(広島まで行けばあるのかもしれませんが)たまたま今回、バレエ教室に置いてあったチラシが目について、一念発起、行ってきました。

まず、会場の兵庫県立芸術文化センターの施設の充実ぶりに感激。大、中、小ホールを備え、公演も見たいもの、聴きたいものが目白押しです。ショップも素敵でした。

公演は面白い始まり方でした。開場の時から幕は上がっており、開演前の会場の喧騒を昔のラテン系の音楽を流して消していました。開演まだかな?と思っていたところ、一人の男性が出てきてウォーミングアップのようなユニークな動きを始め、ピエロのように会場のクスクス笑いを誘います。いつまでたっても開演ブザーは鳴らず、ウォーミングアップ長すぎるだろ、と思ったら、舞台の上手から一人、下手から一人、さらに一人、また一人と、気付けば始まっていた!日常から舞台への非日常への転換を、ブザーや幕、照明を使わず徐々に行うやり方に、してやられた、と、思いました。

途中から、音楽に代わり人の声が入り始めました。詩の朗読とダンス?いえ、詩ではなく、どうも出演者の思い、自己紹介的な感じです。うーん、これってミュージカル「コーラスライン」を思い出してしまいます。この手法って、結構流行ったように記憶してます。50年前に人気のあった「東京キッドブラザース」でもこの手法でお芝居やってた。

で、出演者の声を使うというのはすごく良いと思うのだけど、んー、なぜか日本人の声って幼く感じるんですよ、私は。最初に舞台に声が響いた時、「え?中学生?」と思いました。その可愛らしい声と舞台上の動きがぴったりこなくて、ウーン、何だろうこれは、ウーン・・・

で、もうひとつ。タイトルが気になります。私の感覚では、「デカダンス」というタイトルと、舞台上の表現が、しっくりきません。面白い表現なのに。そこで、私が勝手にタイトルをつけるとすれば、

「伝播-呑み込まれる個」

なぁ~んて、どうかな。

とはいえ、久々のコンテンポラリーダンス、面白かったです。やはり私はクラシックよりもコンテンポラリーの方がすきだなぁー。

 

大政翼賛会

気持ち悪かった。残念とか、がっかりを通り越して気持ち悪かった。2月8日投開票の衆議院選挙の結果だ。私が支持する候補者や政党が落選していくのは残念で仕方ないが、それ以上に気持ち悪かったのが、自民党の圧勝だ。自民単独で⅔以上!あまりの気持ち悪さにオリンピックへと目をそらしたくなる。考えまいとするのに、自然と脳裏に浮かんだ言葉が「大政翼賛会

戦前の事なので言葉は知っていても、それがどういう社会状況を生み出したのかは知らないし、わからない。で、検索して出たAIの答えに怖くなった。

国家総力戦遂行のための管制国民統合団体。目的は国家総力戦に向けた国民の統制、政治、経済、言論の統制。

言論統制はすでに何年も前から始まっている。スマホの普及により監視体制はいつでもできる。

まるで、仕組まれたかのような自民党の圧勝。そういえば、FacebookでもYouTubeでもやたら高市さんの顔が出ていた。相当に広告費を使ったらしい。メディア戦略と言えばカマラハリスを思い出す。自民が圧勝するようにメディアが動いたのか、動かしたのか。

高橋清隆さんの「メディア廃墟宣言」は正しい。

近眼と白内障

12月2日右目、16日左目、無事白内障の手術も終わりました。日帰り手術も可能だけれど、一人暮らしの私は用心のため入院しました。写真は病室の窓から見える米田山麓のお寺たちのもの。お寺が建ち並ぶ風景ってきれいだなと思って思わずパチリ。

2年くらい前から右目の視力が落ちて、白内障のせいだということはわかっていたのだけれど、2025年は2年に一度のバレエとジャズダンスの発表会が重なり、それが終わるまで不自由を我慢してきました。

元々、私は強度の近視ですが、今回ある医師から「あなたは最強度の近視ですからね!近視にもレベルがありまして、強度の近視のさらに強い最強度ですからね!」って、そんなに強調しなくても私自身がいちばんよくわかっていますよ。小学生の時から0.1の文字が見えなくて、眼科に行って検査の時には文字を指し示す棒が見えなくて黙りこくってしまいました。子どもの頃には「これが見えないの?」と言われるのは「あんたバカなの?」と言われるのと同じくらいに傷つく言葉でした。ところが私の母ときたら2.0見えるのが当然という視力の良さ。眼科に行く時も、そしてメガネをかけなきゃいけないと言われた時も、「ああ~、情けない、情けない。メガネをかけたら嫁に行けんようになる。」と、嘆くのです。こんな調子ですから、眼鏡店に行くのも渋ります。それで父と一緒に父行きつけの眼鏡店に行ったのですが、実は父が強度の近視だったのです。父は強度の近視のため、徴兵検査不合格で戦争に行ってません。良かったね、とよく言われますが、当時としては非国民扱いです。クラスの中で、戦争に行かず残っていたのは、足の悪い身障者と肺病だか結核かを患っていた人と父の3人だけだったそうです。挫折感を持ったでしょうね。そんな父との眼鏡店での待ち時間は楽しいものでした。母のように私をくさすこともなく、眼の構造や見える仕組み、眼鏡をかけるとどんなに素晴らしいかなど、話してくれたのでした。

話がそれてしまいましたが、最強度の近視を強調した先生は、緑内障の可能性を言いたかったようです。

ところで、白内障の手術は濁った水晶体を吸出し、新たにレンズを入れるということのようですが、私のように近視の場合、それに対応するレンズを入れるということで・・・四六時中コンタクトレンズが装着されているかんじ。親戚のおじさん(この人も近視)が、白内障の手術したら天国みたいな気分になるよ、と言ってましたが、まさに!目を開けたら、こんなに見えるなんて!白内障の治療というより、近視の治療ですね!

ただ、見えすぎて困ることがあります。疲れるんです。今までの生活は外出先から戻るとコンタクトレンズを外し、眼鏡をかけます。そして眠る時は眼鏡を枕元に置きます。ぼんやりと見えない状態からゆっくり目を閉じ眠りにつきます。見える状態から段階を追って見えない状態へ、体も同時にリラックスしていくようです。それが、見えるまま眠りにつくというのが、どうにもこうにも馴染めなくて、就寝時間が近付くとソワソワしてきます。

まぁ、これもそのうち慣れるんでしょうね。

ホラーな戦争遺跡、大久野島

12月6日のフィールドワークのことを今頃書くなんて。ちょっと迷ったんですよ、このタイトル不謹慎かな?と。で、まずは真面目に新聞記事。

この記事を書いたラン記者とは、シンポジウム後に何となく話がはずみました。

で、ここからはホラー話。今、ホラー漫画を読んでる最中で、それに引きずられてしまいました。

見ての通りの神社。石柱の言葉が何とも・・・「萬邦威寧」は、為政者や統治者の徳によって国中がよく治まり、平和がもたらされる理想的な状態を表すこと。「皇化」は天皇の徳や政治によって世の中が感化され良い方向へ導かれることを指し、「隆興」物事の盛んになること。って、毒ガスの島にこんな神社なんて、すごい皮肉としか思えませんよ。

元々久野島神社というのが江戸時代からあったらしいのですが、毒ガス工場を作るため国有地になり、移転させた後、新たに大久野島神社として改修されたらしいです。神道の神社というより、戦争遂行のための神社に思えて、気持ち悪い。鳥居を抜けて奥へ進むと

見事に廃墟!              廃墟の神社だなんて、ホラーでしかないでしょ!

そして悲しいことに、この境内の一角に殉職碑があります。

敵を攻撃するための兵器製造工場が、自国民をも殺してしまうとは!

毒ガスの歴史、日本の加害責任を考えるためにフィールドワークに参加したのだけれど、この廃墟神社の存在が、戦前のカルト宗教的な気味悪さと恐ろしさを見せてくれたように感じます。

戦前の軍国カルト日本と、今の日本は全く別なんだ、と、はっきり言いたいです。そのためには、過ちは認めなくちゃ。と、私は思っています。

 

 

 

 

白内障手術

もともとド近眼だけど、白内障のせいでさらに視力は悪化。やっと、手術。手術日には車の運転は止められたので、バスを利用する事にしました。

バスが沼田川を渡った時、高校時代を思い出しました。3年間、私は自転車でこの橋を渡って通学していたのです。朝は遅刻するまいと必死でペダルを踏んでいたので、朝の清々しい光景は記憶にないのですが、帰りの夕焼けの美しさには自転車を止め、よく見惚れていました。この写真とは逆方向になりますが、空と沼田川の水面が真っ赤に染まり宇宙と地球のスペクトラムに圧倒されました。そんな時はいつも訳もわからず、遠くへ行きたい想いにかられてしまうのでした。

手術は無事終了。大きな眼帯をして今は病院のベットの上です。はい、入院してます。今時、白内障ごときで入院だなんて大袈裟な、と思われるかもしれませんが、保険金が出るんですよ、入院すれば。決して詐欺ではありませんよ!念のため。