地籍調査と善根寺

 私の実家は三原市小坂町。その小坂で明治以来初めての地籍調査を行うので説明会を開くと案内が来た。8月27日火曜日の午後7時半からの説明会に参加してきた。明治以来ということは、百何十年ぶりということだ。資料として配られた調査図素図を見て、これは大変な作業になると思った。
 ところで、もう一つ資料として配られた地図を見ていて不思議なことに気付いた。以前から私がこだわっている善根寺の位置に神社のマークが付いているのだ。地図の記入ミスだろうか?
 翌日28日、善根寺の菩薩像を展覧会のために運び出す作業をしているところに偶然出くわし、保存会のHさんと出会っていろんなお話を聞かせていただいた。私が善根寺に興味を持つのは、育った実家の目の前にあり、祖父が収蔵庫建設に尽力したからなのだが、それ以上に、千年近くも小坂の人々が守り続けてきたという、そのことにとても感銘を受けるのだ。Hさんもその点は同感のようで、古保利薬師の例を話してくださった。
「千代田の古保利薬師では、廃仏毀釈令の時は土中に仏像を埋めて守ったそうですよ。」
廃仏毀釈令!
教科書の中だけの出来事と思っていたが、こうした会話の中に出てくるととたんに身近に感じてしまう。
もしかして地図に神社マークが付いていたことと関係あるのだろうか?そこでHさんに訊いてみた。
「昨日説明会で配られた地図に、この場所に神社マークが付いていたんですけど・・・変じゃないですか?」
するとHさんは
「ああ、だって、神社もありますから、ほら」

確かに・・・収蔵庫の隣にあるのは神社?子どもの頃、この場所で神楽を舞っているのを観たことがある。この奥にはお社もある。

以前、古保利薬師の記事でも書いたけれど、寺と神社が一緒くたになっているって、なんだか節操がないな〜って思う。